ジョジョと音楽の奇妙な関係 Part 4

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ジョジョと音楽の奇妙な関係ジョジョの奇妙な冒険』では、数々のアーティスト名や曲名がキャラクター名などとして随所に使われています。 ここでは、それらに使われたアーティスト、曲等を、 『ジョジョを通して洋楽にもっと親しもう』というテーマのもとに、 独断と偏見に満ちた解説をおりまぜながら紹介したいとます。

●クレイジー・ダイヤモンドSyd Barrett/シド・バレット)

イギリスはケンブリッジ出身のアーティストでピンク・フロイドの2ndアルバムのレコーディング途中に脱退するまで同バンドのリーダーとして活躍した人物です。人呼んで『狂ったダイアモンド(Crazy Diamond)』。ピンク・フロイドの75年発表の9枚目のアルバム、『Wish You Were here  邦題:炎〜あなたがここにいてほしい』に収録されている『Shine On You Crazy Diamond(邦題:狂ったダイアモンド)』はもちろん彼へ向けて書かれた曲です。シド・バレットのオリジナル・ソロ・アルバムは全部で2枚しか出ていません。特に1st『The Madcap Laughs 邦題:帽子が笑う・・・無邪気に』は必聴盤です。ピンク・フロイドの2大巨頭、ロジャー・ウォーターズデイブ・ギルモアや、ソフト・マシーンのメンバーなどが参加していて聴き応えも充分!!今や、モンスター・バンドと化したピンク・フロイドの創生期のリーダーであり、ドラッグ、ノイローゼ、神経衰弱による脱退(解雇?)、才能溢れる独特の世界観を持った楽曲等、どれひとつ取っても申し分のないまさに伝説中の伝説といえるアーティストではないでしょうか。3枚組Boxセット『Crazy Diamond』(94年)はシド・バレットを深く知りたい人には欠かせないアイテムです。(でも、とってもディープです。)

●片桐安十郎(D’Angelo/ディアンジェロ)

90年代を代表する天才肌のR&Bシンガー、でも楽曲の中身はもの凄く"ドスケベエ"です。プリンスを彷彿させるような素晴らしい曲に加えて、サンプリングを交えたジャジーな世界を展開するという、以外に居そうで居なかったタイプのアーティストです。(マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンハービー・ハンコック等の影響も受けているという辺り、非常に共感してしまいます。)これでまだ20代って言うんですから、末恐ろしいです。オリジナル・アルバムは2枚出てますが、お気に入りは1st『Broen Suger』です。やっぱり初めて聴いたときの衝撃が忘れられません。独特の空気感を持ったサウンドは本人いわく『暗い感じ』らしいですけど、僕自身は『熱さ』を感じずにはいられません。聴く度に新しい発見がある、そんなアルバムです。

●ザ・ハンド(The Band/ザ・バンド)

58年にロニー・ホーキンスのバック・バンド『ホークス』として結成したのが、彼らのキャリアの始まりです。メンバーはロビー・ロバートソン(g,v)、リチャード・マニュエル(k,v)、ガース・ハドソン(k,sax)、リック・ダンゴ(b,v)、レヴェン・ヘルム(d,v)の5人組です。68年頃にはボブ・ディランのバックもつとめ、68年にデビューを飾りました。78年の解散にいたるまでの10年間に9枚のオリジナル・アルバムを発表していますが、そのどれもがロックの名盤と呼べるような傑作ばかりです。まさに『The Band』(バンドの中のバンド、唯一無二のバンドという意)と言うに相応しいアメリカン・ロックの最高峰といえる存在です。68年発表の『Music From Big Pink』はロック史上に燦然と輝く歴史的名盤、伝統的音楽の再解釈ということにおいては先駆的な存在です。お気に入りは2nd『The Band』、いぶし銀ロックを堪能してみて下さい。ガース・ブルックスと並んで、日米の人気の温度差がはっきりしているアーティストの代表格ですよね。ちなみにボブ・ディランとの共演盤『Planet Waves』も是非聴いておきたいところです。

●バッド・カンパニー(Bad Company/バッド・カンパニー)

元フリーのポール・ロジャース(v)とサイモン・カーク(d)、元モット・ザ・フープルのミック・ラルフル(g)と、元キング・クリムゾンのボズ・バレル(b)という、そうそうたる顔ぶれの4人からなる74年デビューのブルース・フィーリングのただようサウンドが特徴のロック・バンドです。バンド名『Bad Company』は同名のウエスタン映画から付けられた名前です。前身のフリー同様、いち個人の個性で押し切るようなスタイルをとらず、あくまでもメンバー4人の個性、技量が対等に対峙していて独特のグルーブを醸し出しているのが最大の魅力です。『Bad Company』はフリーの目指していたものが何だったのかを鮮明に分からせてくれる様な気がするんですけど、気のせいでしょうか。お薦めはアルバム、『Bad Company』ですが、残念なことにこの後から少しずつ路線が大味になっていってしまいます。興味のある方は逆にフリー時代の作品に戻ってみるのも良いと思います。フリーのお薦めは3枚目の『Fire&Water』(70年発表)です。大ヒット曲『All Right Now』(70年10月17日4位)や、後にバンド名にもなる『Mr.Big』などを収録した傑作です。

●レッド・ホット・チリ・ペッパー(Red Hot Chili Peppers/レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)

84年デビューのLA出身のミクスチャー・ロックの代表格的存在のバンドです。アンソニー・キーディンス(v)、フリー(b)、ヒレル・スロヴァク(g)、ジャック・アイアンズ(d)の4人でスタートした彼らですが、(この頃のレッチリのユーモアはちょっと行き過ぎていてキワモノ扱い・・・。)ヒレルの薬物による死をきっかけにメンバー・チェンジをして現在のラインナップに落ち着きます。ジョン・フルシアンテ(g)(この人は一回抜けて又戻って来ました。よかった、よかった。)、チャド・スミス(d)が加わってからのサウンドは重厚感に溢れていてスケール感を増し、まさに分類不能な不思議な魅力を持ったバンドへと成長をとげました。それまでは一部の音楽ファンかベーシストの間だけで話題に上っていただけのバンドが全世界規模の注目を浴びるほどになったのです。お気に入りは91年発表の5枚目『Blood Suger Sex Magik』。レッチリはこのアルバムを作るために存在したと思えるほど完璧な音!とびきりハードでファンキーでユーモアに溢れていてちょっと変態。そんなレッチリ・ワールドが終始炸裂している1枚です。特にHの『Give It Away』は絶品です!!

●錠前(ザ・ロック)(The Rock/ザ・ロック)

ザ・フーの73年発表の7枚目のアルバム、『Quadrophenia 邦題:四重人格』に収められているナンバーです。ザ・フーは、64年デビューのロンドンを代表するバンド(デビュー時のバンド名はハイ・ナンバーズ)でピート・タウンゼント(g)、ロジャー・ダルトリー(v,g)、ジョン・エントウィッスル(b)、キース・ムーン(d)からなる4人組です。ザ・フーとしてのデビュー盤『My Generation』が当時の若者の心をとらえ一躍モッズの代表格になりました。その暴力性あふれるステージングで、ロック=不良というイメージ作りにかなり貢献した彼らですが、70年代以降は以外にインテリぶりを発揮した楽曲を展開する辺り、パンクの人達とはひと味違う一面も見せてくれます。(僕としては非常にその辺りにイギリス人気質を感じてしまいます。)同じ不良でも革ジャンとバイクを愛するロックンロール派の方が日本では受け入れやすかった為か、知的、クールスクーターに乗るモッズはいまひとつ受け入れ難かったのか、ザ・フーの日本での評価の低さには疑問が残ります。(解散、復活を繰り返しているのにも原因があるのでしょうが・・・。)お薦めはもちろん、『Quadrophenia 邦題:四重人格』です。彼らの真骨頂ロック・オペラの楽しめる傑作です。あと『The Who Sings My Generation』(65年)と『Who’s Next』(71年)もザ・フーを語る上では外せないアルバムです。

●ポリス(Police/ポリス)

スティング(b)、スチュワート・コープランド(d)、アンディー・サマーズ(g)の3人からなる78年デビューのロック・トリオ。高度な音楽性とテクニックを駆使したレゲエをベースとした新しいロックの境地を切り開いた存在で、(当時はホワイト・レゲエ等と呼ばれてましたっけ。)後続のアーティストに大きな影響を与えました。また、81年1月17日に10位まで上がった『ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ』を日本語で歌ってみたりと、お茶目な面も持っています。(日本盤のベストに収録されてます。当時結構流行ったんです実は。)ポリス時代のどちらかというとチープな音作りはスティングから入ったファンにはきっと新鮮に映るのではないでしょうか。(しかし、この人のあまりに急激な成長ぶりには言葉を失ってしまいます。)お薦めは彼らの代表曲でもある『Every Breath You Take 邦題:見つめていたい』(83年7月9日〜8月27日まで8週連続1位を記録!)他名曲満載の83年のラスト・アルバム『Synchronicity』です。(なんか、カッコが多くて読みにくくてスイマセン・・・。)

●エコーズ(Echoes/エコーズ)

Pink Floyd』の71年発表の6枚目のアルバム『Meddle 邦題:おせっかい』に収録されているB面全面を使った超大作の曲名です。多分「愛を下さい〜」のエコーズではないと思います。僕は個人的な好みでいうと .『Pink Floyd』のアルバムでは1番この『Meddle 邦題:おせっかい』が好きなんです。エコーのきいたベースの音から始まって、エコーズという曲で終わるから・・・。というのは嘘ですが、(1番好きなのは本当です。)サイケで、アバンギャルドで、それでいてどこか牧歌的で(だって犬が歌ってるんですよ!)、常に何かが起きそうな雰囲気をアルバム全体にただよわせていて、それでいてとても美しい・・・。(なんかグルメ番組のレポーターみたいで解りにくいですね。)ところでエコーズですが、生まれて初めて聴いたピンク・フロイドの曲だったと言うこともあり、この曲にはすごく思い入れがあります。もの凄い衝撃を受けた事を覚えています。23分もあるのにも関わらず、結構すんなりと聴けてしまうと思うので、勇気を持って聴いてみて欲しいなと思います。ちなみに23分というのは当時のLP片面にいい音で収められる限界の時間だった事を考えると、当時からCDがあれば74分の曲になってたのでしょうか・・・。とても怖いことです、ハイ。でもこの曲の成功がなかったらその後の傑作は生まれてなかったのかなと思うと感慨も深くなります。ところで、ピンク・フロイドの解説を少し書き加えておきます(すっかり忘れてました。)67年にシド・バレット(v,g)、ロジャー・ウォーターズ(b)、リック・ライト(k)、ニック・メイソン(d)の4人でデビュー、(結成は65年)ペインテッド・サウンドと言われる実験的要素の強いサウンドとシド・バレットの狂的な詩の世界がアングラ的要素をかき立てていましたが、68年にシド・バレットと入れ替わりで入ってきたデイヴ・ギルモア(g)の加入でサウンドに比重を置いたスタイルに変遷して行きます。87年にバンドを引っ張ってきたロジャー・ウォーターズが抜けた今はデイヴ・ギルモア主導のバンドとして活動を続けています。ところが実際はデイヴ・ギルモアとロジャー・ウォーターズという2つのピンク・フロイドの誕生と言えるような複雑な状態を生み出してしまったとも言えます。どちらも往年のピンク・フロイドのナンバーを売りにしていることはもちろん、ライヴ盤においては『俺の方が本物だ』と言わんばかりの目を覆いたくなるような争いが繰り広げられています。まず、デイヴ・ギルモア主導のピンク・フロイドは88年に『Delicate Sound Of Thunder』という往年のピンク・フロイドナンバーを目玉にしたアルバムを出せばウォーターズは90年に名作『The Wall』を売りにした『The Wall:Live In Berlin』で対抗、それを受けてギルモアは『Is There Anybody Out There?The Wall Live』を発表・・・。しかし、彼らの残した音楽的な遺産はあまりにも素晴らしく、そういったエピソードがあったとしても決して色あせることはありません。むしろ現在のロックを語る上で決して避けては通れない現実をつきつけられている様な気がします。

●サーフィス(うわっ面)(Surface/サーフィス)

ニュージャージー州出身のソウル・トリオで、83年のデビューです。『ハッピー』(87年)や『シャワー・ミーウィズ・ユア・ラブ』(89年)等のヒット曲を持っています。しかし特筆すべきは91年の1月26日に1位を記録した『The First Time』です。彼らの魅力がいかんなく発揮されているロマンティックなバラード・ナンバーでこの曲だけ知っているという人も多いことでしょう。3rdアルバム『3 Drrp』で聴くことが出来ます。しかし、残念なことにこの後彼らの勢いは急に失速してしまいました。

●ラブ・デラックス(Love deluxe/ラブ・デラックス)

84年にアルバム『Diamond Life』でイギリスから衝撃的なデビューを飾ったナイジェリア出身のシャーデー・アドゥを中心とした4人組、『Sade』の92年発表の4枚目のアルバム・タイトルです。メンバーはシャーデー・アドゥ(本名:ヘレン・フォラシャーデー・アドゥ)(v)、アンドリュー・ヘイル(k)、スチュアート・マシューマン(g,sax)、ポール・S・デンマン(b)の4人です。世の中が『USA for Africa』の『We Are The World』に浮かれていた頃、突然オリエンタルな雰囲気をまとった彼女たちの登場には本当に面食らったものでした。(『Smooth Operator』85年5月18日〜25日最高位5位を記録。)『Sade』と言えばヴォーカルのアドゥにばかり注目が集まりますが、(それどころか、ソロだと思っている人もいるくらい。ジャケットに原因があるのでしょうか。)特筆すべきは彼女たちの結束力の高さから生まれる非常に高度なサウンドです。凝りに凝ったアレンジを忠実にこなす技巧派のミュージシャンの繰り出す音に、アドゥの優しく妖しい声がからまり、唯一無二の世界を繰り広げます。5枚のアルバムと1枚のベスト盤が出てますが、どれを聴いても外れはないです。まだ、彼女たちの音楽を聴いたことのない人はベスト盤をお薦めします。本来アーティストを知るにはオリジナル・アルバムがいいというのは原則ですが、『Sade』はコンセプトが非常にはっきりとしているので他のベスト盤にありがちな統一感に欠けたばらばらな感じは微塵も感じさせません。それでもと言われたら、最新作『Lovers Rock』から入ってさかのぼっていくのが良いと思います。

●パール・ジャム(Pearl Jam/パール・ジャム)

ニルバーナと共にグランジ・ブームを牽引したシアトル出身のバンドです。90年代のアメリカはちょうど今の日本の様な深刻な不況下にあって、社会や家族への鬱積した思いを晴らしてくれるような存在が必要とされてました。グランジ(別名シアトル・ロック)はそういうアメリカの背景が後押しし、支えていたムーブメントと言えます。(日本とはえらい違いですよね。)しかし(以外に)生真面目な彼らはそれをよしとせず、様々な手法で状況の打開しようとします。シングルの発売拒否、プロモ・ビデオ作りも拒否、取材も嫌・・・・・。(ちなみにビルボードのチャートシステムはオリコンと違って、シングルがなくともチャート・イン出来るので、ちゃんと彼らにもヒット曲があるんです。面白いと思いませんか。)お気に入りは3rd『Vitalogy(邦題:生命学)』。ニルバーナのカート・コバーンの死が影響していると思われる悲痛な叫びを感じずにはいられない1枚です。ちなみに彼らのアルバムを全部揃えるのは非常に困難です。オリジナル・アルバムは7枚なので可能ですが、2000年のツアーのライヴ盤の数がなんと72枚!!(しかも2枚組)

●アクトン・ベビー(Achtung Baby/アクトン・ベイビー)

U2の91年発表の9枚目のアルバム・タイトルで、怒れる若者からの脱却をした転換期の作品です。U2は80年代に存在したバンドの中で、最も誠実な存在といえます。(あくまでもロックという見地に立った場合で。)80年代はしばしばロック不毛の時代と言われます。テクニック、機材の向上、大規模な商業化によってヒット曲は生まれたものの、革命的な出来事は何一つ起こらなかったからです。60年代(マージー・ビートサイケデリック等)、70年代(HR/HMプログレパンク等)、90年代(グランジオルタナティヴ等)と、各ディケースを象徴するような変化が80年代にはほとんど見あたらなかったのです。U2はその80年代にロックとしての原点を示し続けた数少ないアーティストでした。反抗的な姿勢を崩さなかった反逆的な理想主義者にとって商業的になってしまったロックの世界の中でひたすらもがく姿は、お手軽主義の80年代において滑稽に写った事も確かです。でも僕たちはそこにロックを感じました。(だから誠実な存在なんです。)お薦めは87年の『The Joshua Tree』です。『I Still Haven’t Found What I’m Looking For 邦題:終りなき旅』(87年8月8日〜8月15日、1位)収録のベストセラー・アルバム。個人的には83年の『War 邦題:闘』が1番思い入れが深いアルバムです。数々のバンドに影響を与えたU2サウンドが確立された作品です。

●ヘブンズ・ドアー(Knockin’ On Heaven’s Door/邦題:天国への扉)

ガンズ・アンド・ローゼズの91年発表の『Use Your Illusion U』に収められているナンバーです。ちなみにこのアルバムは初登場1位、『Use Your Illusion T』も初登場2位という、2枚で1位と2位を独占という快挙をやってのけました。オリジナルは’73年のボブ・ディランのアルバム『Pat Garret & Billy The Kid』に収められています。ガンズ・アンド・ローゼズは別項(3部)で紹介済みなのでここではボブ・ディランの紹介をしたいと思います。本名ロバート・アレン・ジママーマン。ロックの神様をたった1人だけ選びなさいと誰かに言われたら、(誰も言わないとは思いますけど・・・。)迷わず『ボブ・ディラン』を選ぶという人はかなり居るんじゃないでしょうか。僕の1番尊敬するジョン・レノンさえ、ボブ・ディランに比べれば近寄り難さは薄い感じがしてしまいます。(しかもボブ・ディランはまだ生きているというのに!)ロックにおける精神的な革命を起こし影響を与えたという点においては、ビートルズさえかなわないそんな存在です。今も現役で年間100本位のライヴを勢力的に行ってると言うこともあり、アルバムの数は当然もの凄く多いです。ベスト等のコンピレーション・アルバムだけでも軽く10枚を越えてしまうのですから・・・。まずは目に付いたベスト盤から入っていくことをお薦めします。個性的な言語感覚をもった歌詞をちょっとなげやりなヴォーカル・スタイルで歌い上げられると、意味不明でありつつもなんか納得させられてしまいます。それでもどうしてもオリジナル・アルバムから入りたいという人のために数枚紹介しますと、『The Freewheelin’ Bob Dylan』(63年)『Highway 61 Revisited 邦題:追憶のハイウェイ』(65年)『Blonde On Blonde』(66年)『Blood On The Tracks 邦題:血の轍』(75年)『Time Out Of Mind』(97年)辺りになるのでしょうか。『Knockin’ On Heaven’s Door(邦題:天国への扉)』は例のアメリカの連続テロによってアメリカのFM局で放送自粛の対象になったのは記憶に新しいところです。(そのほかにもレッド・ツェッペリンの『天国への階段』やジョン・レノンの『イマジン』等、100曲近い曲が自粛の対象になりました。)

●ラット(Ratt/ラット)

84年デビューのLA出身のヘビー・メタル・バンドで、モトリー・クルーヴァン・ヘイレンと並んで、アメリカのヘビーメタルを象徴するような存在です。Bobby Blotzer(d)、Robbin Crosby(g)、Juan Croucier(b)、Warren DeMartini(g)、Stephen Pearcy(v)の5人からなる彼らの音楽は 『Round And Round』(87年、チャート最高位12位、年間チャートでは87位を記録するヒットになりました。)に代表されるような、明るく、エッジの利いたサウンドが最大の特徴です。80年代に入ってアメリカでもヘビー・メタルが盛んになりましたが、他の地域でのヘビー・メタルに比べ、適度なポップさを含むアメリカでのヘビー・メタルはしばしば、アメリカン・ハード・ロックとして区別されます。(もっと辛辣な言葉でも表現されますが、僕はアメリカのヘビー・メタルも好きなので、ここでは割愛します。)お気に入りは『Out Of The Celler 邦題:欲望の炎』(84年発表)、当時僕が組んでいたヘビー・メタル・バンドは、このアルバムの様な音を目指していました。もしかしたら、ヘビー・メタルの入門としては最適なのかもしれないですね。

●ハーヴェスト(Harvest/ハーベスト)

ニール・ヤングの’72年発表の4thアルバムのタイトルです。伝説のバンド『Buffalo Springfield』から始まった彼のキャリアは到底この限られたスペースでは語り尽くせるようなものではありません。フォーク、カントリー、ロック、テクノ・・・と彼の見せる顔は本当に様々なんですけど、そこには時代に媚びる様な姿勢など全く見あたらず、ただただベテランという地位に甘んじたくないという不器用なまでのかたくなな姿勢の結果なんだと僕は解釈します。(本人も"錆び付くよりは燃え尽きたい"と歌っている事ですし。)日本ではフォーク系のアーティストに人気がありますが、本国アメリカでは、オルタナティヴグランジ系アーティストの支持を受けているあたりでその温度差が実感出来ると思います。スタイルにとらわれず、自分のやりたいことを貫き通す姿勢こそロックと言えるのではないでしょうか。まさに迷走を続ける怪人です。ちなみに’92年にも『Harvest Moon』というアルバムも出しています。(もちろん『Harvest』の続編という位置付けでいいと思います。)

●キラークイーン(Killer Queen/キラー・クイーン)

Killer Queen』はクイーンの74年発表の3枚目のアルバム『Sheer Heart Attack(シアー・ハート・アタック)』に収録されていたナンバーで、同年12位を記録するヒットになりました。クイーンは73年デビューのブライアン・メイ(g)、フレディー・マーキュリー(v)、ロジャー・テイラー(d)、ジョン・ディーコン(b)の4人からなるバンドで、凄いところは、ラテン・アメリカや、東欧、アジア諸国等、ロック辺境の地で絶大な人気を誇っていたことです。(意外なことに70年代前半は、アメリカはおろか、本国イギリスでも人気のない存在でした。)この日本でも若い女性を中心に人気が爆発、熱狂的なファンを多く獲得、おそらく日本で初めて、アイドル的な存在になったロック・アーティストだったのではないでしょうか。(あんな悪趣味な格好をした気色悪いおっさんに若い女性の人気が集中するなんて、信じられます?)そして70年後半の商業的肥大を続けるロックに反旗が翻されていた時期、(いわいるパンクのブーム)そういったムーヴメントの影響下、『俺達が勝者だ』なんて『女王』をなのるおっさん(しつこい?)に歌われたロンドンっ子の気持ちはさぞ複雑だったでしょう・・・。しばしば、そのエンターテイメントに徹する姿勢がいわれのない誤解を生んできたクイーンですが、彼らの音楽は閉鎖的だったハード・ロックに新しい方向性を示したのも事実です。特にアルバム単位で聴くとその良さが凄くよく分かります。お薦めは『Sheer Heart Attack(シアー・ハート・アタック)』です。様々な音楽が幅広く展開して行く、初期の傑作盤。ちなみにヴァニラ・アイス(別項参照)の90年11月3日に1位を獲得した『Ice Ice Baby』の元ネタはクイーンの81年発表の『Under Pressure』です。

●シンデレラ(Cinderella/シンデレラ)

86年デビューのアメリカ東海岸出身のヘビー・メタル・バンドです。アイドル・チックなルックスとは裏腹に重ためなサウンドを聴かせてくれます。(日本ではBon Joviの付属品のような扱いを受けてましたが・・・。)ラット(別項参照)を排出した西海岸とは異なり、東海岸出身の彼らのサウンドはポップさは少し抑えられ、代わりに少しタイトで、シリアスな感じがします。(別にヘビー・メタルだけに限った事ではないですけど・・・。)日本でも多くのヘビー・メタル・バンドが誕生しましたが、どちらかというと、東海岸指向のサウンドの方が圧倒的に多かったように記憶しています。お気に入りは1st『Night Songs』です。(ヴォーカルのTomが江頭2:50のポーズをきめてるジャケットが目印。)初めて聴いたときはまるで別人のようにニュアンスを変えられる凄いギタリストがいるもんだと関心しましたが、ライナーを読んだら本当に別の人が弾いてました。メンバーは、フレッド・コウリー(d)、トム・キーファー(v)、エリック・ブリッティンガム(b)、ジェフ・ラバー(g)の4人。

●シアーハートアタック(Sheer Heart Attack/シアー・ハート・アタック)

クイーンの74年発表の3枚目のアルバム・タイトルです。ちなみにシアー・ハート・アタックに関してはキラー・クイーンの項を参照してください。

●アトム・ハート・ファーザー(Atom Heart Mother/アトム・ハート・マザー 邦題:原子心母)

これまたピンク・フロイドの70年発表の5枚目のアルバム・タイトルです。(牛さんがこっちを見てるジャケット。)毎回凝った邦題で楽しませてくれるピンク・フロイドですが、この作品は直訳。Atom=原子、Heart=心、Mother=母と言うわけで、こんな日本語はもちろんありません。でも妙にしっくり来るのが不思議です。表題曲はエコーズ(別項参照)と並んでピンク・フロイドの2大プログレ長尺ナンバーと言える作品です。

●ボーイ・U・マン(Boyz U Men/ボーイズ・ツー・メン)

91年にデビューしたフィラデルフィア出身の史上最高のヴォーカル・グループで、メンバーはウォンヤ・モリス、マイケル・マッケリー、ショーン・ストックマン、ネイザン・モリスの4人です。(グループ名は、ニュー・エディションの同名曲から付けられました。)『I’ll Make love To you』が94年8月27日〜11月26日まで14週連続1位の新記録を樹立、(翌週の1位も『Boyz U Men』の『On Bended Knee』でした。すごいと思いませんか?)しかもその記録さえ、翌年の『Mariah Carey』とのデュエット曲『One Sweet Day』で自ら更新してしまいました。(95年12月2日〜96年3月16日まで16週連続No.1!!)その他、グラミーをとった『End Of The Road』(92年8月15日〜11月7日まで13週連続1位)等ヒット曲を挙げていったらきりがありません。4人の個性的でそのハート・ウォーミングな歌声は特にバラードでその真価を発揮します。お薦めは94年発表の2ndアルバム『II』そうそうたる顔ぶれの揃った意欲作です。

●アース・ウインド・アンド・ファイヤー(Earth,Wind &Fire/アース・ウインド・アンド・ファイヤー)

71年にデビューして70年代後半に大ブレークしたモーリス・ホワイトを中心としたソウル・バンドで、精神性の高い歌詞で高い評価と支持を得た存在です。75年発表の 『That’s The Way Of The World 邦題:暗黒への挑戦』は全米アルバム・チャート1位を記録し、プラチナ・ディスクを獲得、シングル『Shining Star』も75年5月24日1位を獲得してその人気を決定的なものとしました。(この年彼らはグラミー賞も受賞しています。)その後次々とビッグ・ヒットを飛ばし、ブラック・ミュージックの頂点に登り詰めました。ちなみに85年のヒット曲『Easy Lover』(85年2月2日最高位2位)をフィル・コリンズと共に歌っていたフィリップ・ベイリーもアース・ウインド・アンド・ファイヤーのメンバーです。

●ハイウェイ・スター(Highway Star/ハイウェイ・スター)

音楽室のピアノで誰が一番速くこの曲のソロが弾けるかよく競争しました。(『ねこふんじゃった』のロック・バージョンみたいなものです。)『Highway Star』はディープ・パープルの72年発表の7枚目のアルバム『Machine Head』収録のナンバーで『Smoke On The Warter』(73年7月28日〜8月4日、最高位4位)と並んで、今も昔も中高生のアマチュア・バンドにとって、必修の曲。(僕もやりました。)さて、ディープ・パープルですが、68年デビューのハード・ロックの代名詞ともいえる最重要アーティストで、メンバー・チェンジが激しく、サウンドの傾向もその都度変化を見せるのですが、やはり押さえておきたいのは70年〜73年までの第二期(イアン・ギラン(v)、リッチー・ブラックモア(g)、ロジャー・グローヴァー(b)、ジョン・ロード(k)、イアン・ペイス(d)の5人)になるでしょう。この時期のディープ・パープルは他のハード・ロック・バンドに比べ、様式美へのこだわりを強くみせ、結果として、独自のスタイルを作り出すのに成功しました。お薦めは『Live In Japan』(72年発表)です。選曲、演奏、どれをとっても完璧なアルバム、間違いなくハード・ロックの最高傑作の1つと言えます。オリジナル・アルバムとしては、72年発表の『Machine Head』がお薦め。

●ストレイ・キャッツ(Stray Cats/ストレイ・キャッツ)

80年に突然現れたネオ・ロカビリー旋風を巻き起こした3人組バンドです。80年と言えばちょうど、第2次モンキーズ・ブームの時で、夕方にテレビでモンキーズ・テレビ・ショウを放映していたんですけど、その時のコマーシャルでイヤって程かかっていたのがこのストレイ・キャッツの『Runaway Boys 邦題:涙のラナウェイ・ボーイ』でした。(若き日のブライアン・セッツァーはすごくとっぽかったです。)1st『Stray Cats』はストレイ・キャッツのアルバムとしてはもとよりロカビリーのお薦めとしても絶対外すことの出来ない1枚です。日本では全くと言っていいほど話題にはのぼらなかったんですけど、90年代にアメリカでネオ・スイング・ブームというのがありました。(スイング・ロック・ブームとも言いますけど。)このブームの立て役者も『ブライアン・セッツァー』でした。ロカビリーとスイングというアメリカを代表する音楽文化を1人で復刻させたそのパワーにはホントに頭が下がります。(デビューがイギリスだったというのが以外ですけど・・。)ブライアン・セッツァー・オーケストラ名義のものでは『The Dirty Boogie』がお薦めです。

●スーパー・フライ(Super Fly/スーパー・フライ)

元インプレッションズカーティス・メイフィールドが映画『Super Fly』(ゴードン・パークス・ジュニア監督、ロン・オニール主演)のために書き下ろした曲の中の1曲です。ファンキーなサウンドと、のびのあるファルセット・ボイスが特徴のこのナンバーは’73年1月13日〜20日まで8位を記録するヒットを記録しています。このサントラからはもう1曲トップ10ヒットが出ています。タイトルもずばり、『Freddie's Dead(theme From “Super Fly" )邦題:フレディの死』。クイーンのボーカル『フレディ・マーキュリー』の死亡の報道の時、頭によぎったのはこのタイトルでした。(そういう人多いのでは・・・。)ちなみにこちらの曲は’72年11月4日〜11日まで最高位4位を記録しました。

●エニグマ(Enigma/エニグマ)

90年にデビューしたルーマニア出身のアーティストです。翌91年に発表した『MCMXC A.D. 邦題:サッドネス(永遠の謎)』(282週ランクインは歴代8位の記録!)でそのアンビエント・サウンドに注目が集まりました。出てきた当時はプログレと言うか、排他的というかと言う感じがしないでもなかったんですけど、以外とヒーリング系に受け入れられたのが今日の成功の要因なのでしょうか。現在までに3枚のアルバムがでてますのでまずは1st『MCMXC A.D.』から順に聴いていくのが良いと思います。お気に入りは『Retrun To Innocence』を含む、『The Cross Of Changes』です。ちなみにルーマニア出身のアーティストとしては初の、Top10を記録した存在です。(僕の記憶の中ではですが・・・。)

●チープ・トリック(Cheap Trick/チープ・トリック)

77年にイリノイ州からデビューした、エンターテイメント精神に溢れた4人組バンドです。(現在も活動中)デビュー当時は本国ではあまり注目されず、日本での人気に後押しされてブレイクしました。77年から一貫して明快なポップ・ロック路線を維持し続けているものの途中はメンバー・チェンジが度々あったりして、順風満帆とは言えなかった彼らですが、そういった不遇の時代にもきっちりとしたアルバム作りをしている辺りはさすがです。お薦めは彼らが『Budoukan』の名前を世界に知らしめるきっかけとなったアルバム、『at 武道館(コンプリート)』です。オリジナルは79年の発表ですが、98年に、MCも全て収録、もちろん曲順はコンサートの通りに並べ替えた完全版が、20周年記念として発売されていますので、是非聴いてもらいたいです。最初にライヴ盤はちょっと・・・と言う人は『Dream Police』あたりから聴いてみて下さい。ちなみに彼らの最新作も2枚組のライヴ盤です。

●バイツァ・ダスト(Another One Bites The Dust/邦題:地獄へ道連れ)

曲単位でいうと多分1番好きな曲かも知れない。この曲は80年10月4日〜18日まで3週間1位を記録しました。結構簡単にコピー出来そうで意外に難しい曲。クイーンの曲はそういうのが多くて、テクニカルじゃない分、基礎を試されます。『Another One Bites The Dust』は、Wyclef Jeanが最近カバーしましたけど、ビデオも含めてあまり良い出来ではなかったですね(リスペクトが足りなすぎ!ちなみに、Wyclef Jeanは嫌いではないです。念のため)。女王様の96年のカバーは絶品でした。クイーンについては別項参照。

●Rainbow(Rainbow/レインボー)

元ディープ・パープル(ハイウェイ・スターの項参照。)のリッチー・ブラックモアロニー・ジェイムス・ディオ(DIOの項参照)のバンドELFを乗っ取った結果生まれたバンドで、完全なリッチー・ブラックモアによるワンマン・バンドです。だから、彼がやりたいことが変われば、当然メンバーも変わってしまいます。元々は、ディープ・パープル在籍時に出来なかった事をやるための、いわば欲求不満をぶつける場だったレインボーですが、80年を境にポップな路線に転じていきます。前者を聴きたい人は、2nd『Rainbow Rising 邦題:虹を翔ける覇者』(76年発表)がお薦めです。壮大で劇的なハード・ロックを聴くことのできる1枚で間違いなく彼らの最高傑作だと思います。後者のほうを聴きたい人は81年発表の『Difficult To Cure 邦題:アイ・サレンダー』が良いと思います。こちらは3代目のヴォーカリスト、ジョー・リン・ターナーを迎えて作ったハード・ポップのアプローチが印象に残る傑作盤です。実は、レインボーは意外なことにアメリカではこれと言った大ヒットは生まれてはいなくて、この日本での人気が先行し、支持されているのも特徴です。

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